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東京地方裁判所 昭和42年(レ)202号 判決

亡キヨこと張ヶ谷きよ訴訟承継人

控訴人 張ヶ谷光子

右訴訟代理人弁護士 田中栄蔵

同 田中雅子

被控訴人 荒井豊

右訴訟代理人弁護士 吉田閑

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、控訴人「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和三九年四月二〇日以降右明け渡し済みに至るまで一ヶ月金二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および保証を条件とする仮執行の宣言。

二、被控訴人「主文と同旨」の判決。

第二、当事者双方の主張

一、控訴人の請求原因

(一)  訴外亡張ヶ谷きよは、昭和三九年四月二〇日以前より別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有していたが、同人は、同四四年一月二五日死亡し、その相続人は訴外張ヶ谷国太郎(夫)と控訴人(子)であるが、右両名間の遺産分割の協議の結果、控訴人が本件建物所有権を単独承継した。

(二)  被控訴人は、同三九年四月二〇日以前より本件建物に居住して同建物を占有している。

(三)  よって控訴人は、本件建物所有権に基づき被控訴人に対し本件建物を明け渡し、かつ同三九年四月二〇日以降右明け渡し済みに至るまで貸料相当額である一ヶ月金二、〇〇〇円の割合による損害金を支払うよう求める。

二、請求原因に対する被控訴人の答弁と抗弁

(答弁)

張ヶ谷きよが控訴人主張の日死亡し、控訴人がその相続人の一人であること、張ヶ谷国太郎がきよの夫であること、被控訴人が控訴人主張のとおり本件建物を占有していること、および賃料相当額が控訴人主張のとおりであることは認め、その余の事実と主張は争う。本件建物は、当初より国太郎が所有しているもので、同人は、被控訴人の先代訴外亡荒井鉄次郎に対し、本件建物の所有者として同建物を賃貸し、同二二年九月から被控訴人が右賃借人の地位を承継してからも、国太郎は本件建物の所有者兼賃貸人として行動していた。

(抗弁)

仮に本件建物の所有関係が控訴人主張のとおりであるとしても、きよは、本件建物を前記鉄次郎に賃貸し、同二二年九月被控訴人が右賃借人の地位を承継した。

三、抗弁に対する控訴人の答弁と再抗弁

抗弁事実は認める。

(再抗弁)

被控訴人は、同三八年一一月二五日張ヶ谷きよに無断で従前瓦葺であった本件建物の屋根瓦を全部取り除き、トタン屋根に葺き替え、取り除いた瓦を廃棄し、棟の垂木を取り替えて本件建物の所有権を侵害し、かつ賃借人の義務に違反した。そこで張ヶ谷きよは、訴外風間寿一を代理人として同三九年一月一六日被控訴人に到達した内容証明郵便で被控訴人に対し本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四、再抗弁に対する被控訴人の答弁と主張

被控訴人が控訴人主張の如く屋根を葺き替え、取り除いた瓦を廃棄したこと、同主張の日同主張の郵便が到達したことは認め、その余は争う。右葺き替えと廃棄は、賃貸名義人であった張ヶ谷国太郎の承諾を得てなしたものである。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件建物所有権の帰属につき考えるに、≪証拠省略≫によると、訴外張ヶ谷きよが第二次大戦前、前所有者より自己の出捐で本件建物を買い受けてその所有権を所得し、同人は、昭和四四年一月二五日死亡しその相続人である訴外張ヶ谷国太郎(夫)と控訴人(子)との間でその後なされた遺産分割の協議により、控訴人が、本件建物所有権を単独承継したことを認定することができる(但し、きよが同日死亡したこと、国太郎がきよの夫であり、控訴人がきよの相続人の一人であることは、当事者間に争いがない。)。もっとも、≪証拠省略≫によると、本件建物についての後記賃貸借上、少なくとも同二三年四月分以降同二五年三月分まで、および同三八年二月分以降同年一〇月分までの間国太郎が被控訴人より賃料を受領し、賃料領収証(通帳)に同人の印鑑を押捺して被控訴人に交付していたこと、同三三年四月一五日右賃貸借に関して生じた紛議解決のため、国太郎と被控訴人との間で念書と題する書面が作成され、同書面には、国太郎が本件建物の所有者である旨記載されたことを認めることができるが、他方、≪証拠省略≫によると、国太郎夫婦と控訴人らの間にあっては、従前より本件建物はきよ所有のものとして平穏に経過し、同人死亡後本件建物がきよの遺産に含まれることを前提とし、控訴人は、その相続につき税理士に相談し、所轄税務事務所で本件建物所有名義人を調査のうえ、国太郎との間で前記の如く遺産分割の協議をなし、それまで未登記であった本件建物につき、同四四年五月七日控訴人単独所有の旨の所有権保存登記手続きを経由したことを認定することができ、このことと、夫がその立場上、妻の所有する建物につき第三者に対し、自己所有のごとく振舞うことは巷間稀有の事態と言い難いことを考え合わせると、右各書証は、国太郎が右賃貸借上の事務処理をきよに代って担当していた立場にあったことの裏付けとなるに止まり、冒頭の認定を左右するに足らないものと言うべく、その他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、被控訴人がその主張のような経過により本件建物を賃借していたことおよび被控訴人が昭和三八年一一月従前瓦葺であった本件建物の屋根瓦を全部取り除きトタン屋根に葺き替え、取り除いた瓦を廃棄したこと、控訴人主張の右賃貸借解除の意思表示が同三九年一月一六日被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。

そこで右解除の当否につき考えるに、≪証拠省略≫によると、右工事は、同三八年一一月一三日頃から約一週間にわたり約一〇〇、〇〇〇円の費用でなされ、その他に格別の増改築などはなされなかったものであるところ、本件建物は、建築後約五〇年を経過した住宅用建物で、当時瓦葺屋根全体の破損が著しく、被控訴人は、破損箇所にトタン板を挿入し応急措置を施してはいたものの、一〇箇所以上から雨漏りがあり、建物使用に重大な支障のあったこと、右賃貸借の賃料受領あるいは被控訴人との間の交渉は、国太郎がきよに代って全面的に担当しており、被控訴人は、同二九年頃以降賃料増額の都度国太郎に対し本件建物の屋根を改修するよう要求し、本件工事の数日前にも、被控訴人の母荒井とじは、国太郎に対し右同様要求したが、同人は雨漏りのあることを知りながらこの要求に応じなかったこと、その他国太郎夫婦側で、被控訴人の先代に本件建物を賃貸後本件建物の改修工事をなしたことは一度もなく、被控訴人は同三二年頃自費で本件建物の柱の改修工事をなしたこと、本件建物は、国太郎夫婦および控訴人の居住家屋に隣接し、同人らは本件工事の進捗を容易に知ることができたのにかかわらず前記工事期間中何等異議を申し出ず、工事完了直前になってきよが初めて異議申出におよんだものであること、取り除いた瓦は再使用に耐えないものであったことを認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫

以上認定の諸事実に照らせば、本件工事は、建物使用保存上必要かつやむえを得ざる最少限の修理工事であって、建物の使用目的に変更を加えるものでなく建物にとって有益でこそあれ有害なものとは言い得ず、建物の使用上の価値はこれによって増加したものと言うべく、原状回復も困難ではない。

以上によれば、本件工事は国太郎夫婦の承諾を得たものではないとはいえ、これをもって所有権の侵害ないし賃借人の義務(保管義務)違反とし本件賃貸借を解除することは到底許されず、被控訴人はなお本件建物を賃借中というべく、その明渡および損害金の支払を求める控訴人の請求は、理由がないことは明らかである。

三、よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 佐藤邦夫 加藤英継)

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